
第4章までを2回に分けて要約しました!


最後は第5章・第6章・あとがきを要約します。
第5章 試合に役立つスキルを、一つでも多く身につける ステップ3小学生時代
第6章 親はマネージャーになる
あとがき
第5章ではサッカーの専門的な話が多くなり、バルサにいくまで所属したFCパーシモン。川崎フロンターレでの話が中心です。
また第6章では再び「親としてやってきたこと」と「やらなかったこと」が書かれていてすごく参考になります。

個人的に子供のかかとが痛くなった時は助かりました!
サッカーをがんばる子を持つ親として大事なことが書かれています。
第5章 試合に役立つスキルを、一つでも多く身につける ステップ3 小学生時代
久保選手が小学校1年生の時に、試合数が多いという理由でFCパーシモンを選びます。

有名な強豪チームです!
チームでは「1人でボールを運ぶこと」を推奨されていました。
またいい加減なパスは出さないように指導していたそうです。
チームでドリブルの技術をみがいていく
久保選手はFCパーシモンで練習もしつつ、お父さんの建史さんからもドリブルを学んでいきます。
書かれていたのは、下記です。
- 運ぶドリブルでアウトサイドを使う
- 運ぶドリブルでは腕をひろげる
- ビデオ映像でプロのプレーを身につける
- 突破のドリブルを仕掛ける
- ドリブルには信号がある
いろんなフェイントやボールタッチをコーチに教えてもらったり、プロの映像をみて建史さんと練習していきました。
本にはこう書かれています。
息子のドリブル技術について、評価をいただくことがありますが、基礎はこの時期の試合経験で磨かれたと考えています。

「ドリブルに信号がある」との言葉は、自分の子供やコーチとして子供たちに伝える時にパクっています!
パスを出す・受けるの練習を始める
FCパーシモンでは飛び級で2年生に参加。
またバルサキャンプでのMVPを目指して、バルサの練習内容やメソッドを父親の建史さんと朝の練習で取り組みだします。

具体的にはパスを出す・受ける練習ですが書かれている内容が細かすぎて全部紹介できません…
基礎的なことだと、下記です。
- パスは浮かさずにグラウンダーで出す
- パスにメッセージをこめる
- 敵がいない時には利き足にパスを出す
その他の技術もお父さんとの朝練やチームで練習し、建史さんからメンタル的なことも学んでいきます。
川崎フロンターレへの移籍
久保選手は2年生からが対象である川崎フロンターレのセレクションを、2年生の時に受けます。
11月のセレクションで合格、3年生から川崎フロンターレへ移籍し、背番号は10。

8月にはバルサキャンプでMVPを取った頃なので、めちゃくちゃ上手かったんでしょうね!
そんな久保選手でも自分のプレースタイルや、やりたいサッカーとチームでのサッカーが大きく違い、戸惑います。
そして久保選手はコーチに話したうえで、自分のやりたいサッカーを仲間に伝え、自分からチームを変えようとしていくのです。
はげしい言い合いもあったそうですが、次第にチームは良い方向へ変わっていきます。
そんな中、久保選手も育成に定評のある川崎フロンターレで成長していきました。
そして約2年間いた川崎フロンターレを離れ、小4の8月末にバルセロナへ入団します。
第6章 親はマネージャーになる
サッカーの技術的な話はなくなり、最後にサッカーをがんばる子を持つ親として、大切なことがつまったのが最後の第6章です。
久保選手のご両親がしたこと
久保選手のご両親が常に心掛けたことは、息子の「サッカーが大好き」という気持ちでした。
親は息子の夢を叶えるサポート役に過ぎません。
進路を決める時は必ず久保選手に聞き、その気持ちを優先させました。
また「やりたくない」と答えたことを無理にさせたことはありませんでした。
その他にも、
- 試合での子供のプレーを撮影・観察し課題を練習に反映する
- 親も勉強する
- サッカーに教え過ぎはないので、良い伝え方で試合に役立つ技術を教える
- 子供の実力・課題をわかった上でスクールを選ぶ
を主にしていました。
久保選手はフットサルスクールに通い、苦手な課題を克服していったと書かれています。

私はフットサル選手なのですごくうれしいし、たくさんの子供に小学生の頃からフットサルをして欲しいです!
やらなかったこと
逆にご両親がやらなかったことは下記です。
- 筋トレと走り込み
- できるようになった練習は繰り返さない
- 試合に関係ない技術は練習しない
- 叱らない
一番難しいのは「叱らない」だと感じますが、お父さんの建史さんはできるだけその場では言わずに「どうすればできるようになるのか」を考えて練習を行いました。

久保選手のご両親がやらなかったことは今すぐにでもマネできるし、私も取り入れています!
個人的にすごく助かった「久保選手が左足の膝と両足のかかとが痛くなった時の話」
いつかは書いてないですが、久保選手がおそらく成長痛で左足の膝と両足のかかとが痛かった時の対処法が書かれています。
スポーツクリニックに通い、マッサージの仕方を学んだそうです。
また建史さんがネットで調べて試したストレッチを一緒に行います。
足への負担を軽減するために、普段の靴、トレシュー・スパイクにインソールを入れました。
最終的には厚さ5ミリくらいのゲル状のものを使用したとのこと。
そうしたメンテナンスの結果、怪我で練習を休むことはなかったそうです。

私の子供もかかとが痛いと言ってきた時に、つちふまずのアーチをカバーするソールに変えたら痛みがなくなりました!
あとがき
最後となるあとがきでは、執筆当時の久保選手の様子や活躍が書かれています。

お父さんの建史さんを日本に残し、家族3人でスペインに過ごしているのが驚きです…
この言葉に建史さんのお人柄がとても出ているなと感じました。
私たちの息子はまだ成功しておらず、出版して良いものか悩みましたが、一つでも皆さんの参考になればと思い、チャレンジしてみることにしました。
興味を持っていただけましたら、幸いです。
最後は久保選手を今まで支えてくれた方々への感謝の言葉で終わっています。
すてきなご両親に育てられたことが、今の活躍の土台となっているのは間違いありません。
まとめ 久保選手のお父さんが書いた「おれ、バルサに入る!」、第5章・第6章・あとがきの要約
久保選手のお父さん、久保建史さんの著書「おれ、バルサに入る!」を第5章からあとがきまでを要約しました。
第5章では小学生になった久保選手が、所属チームで上達していく姿が書かれています。
決して順風満帆ではなく、課題が出てくる度に父親の建史さんと2人で乗り越えていきました。
そして川崎フロンターレへの移籍、目標の一つであった「バルサ入団」へとつながっていきます。
第6章では、サッカーをがんばる子を持つ親として久保選手のご両親が、
- 意識したこと
- やらなかったこと
が書かれています。
この本の中でも、一番大切なことがつまった章なのではないかと感じます。
最後のあとがきでは、執筆当時の久保選手の様子と今まで支えてくれた人たちへの感謝が書かれています。

3回に分けて、久保選手のお父さん建史さんの著書「おれ、バルサ入る!」を要約しました!
なるべく書き出したつもりですが、書いてないこともあるので、どうしても読みたい方は、下記の方法で読むのをおすすめします。
- 図書館で借りる
- 持っている人に借りる
- 高く転売されているものを買う
私も取り入れていることも多いし、体験談で助けられたこともありました。
すべてが正しいとも思いませんが、本当に感謝しています。
これからの久保選手や久保家の活躍を心より願っています。
最後に久保選手のお父さんの建史さんが、バルサの情報を集める時に参考にしたり、話を聞いたりした2人の本を紹介します。
松村尚登さん
サッカー上達の科学 いやでも巧くなるトレーニングメソッド (ブルーバックス) [ 村松 尚登 ]
サッカー上達の科学 いやでも巧くなるトレーニングメソッド【電子書籍】[ 村松尚登 ]
浜田満さん
コメント
[…] […]